民間企業から長野の地域づくりへ!アスクル初の「地域活性化起業人」高瀬康秀さん

都会で培ったキャリアを活かし、長野県小海町で地域の未来づくりに挑む――。アスクルからの「地域活性化起業人」第1号として派遣されたのが高瀬康秀さんです。なぜ拠点を移して地域創生に取り組むのか、その思いやキャリアでの学びを伺いました。
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高瀬康秀
Yasuhide Takase
アスクル株式会社 コーポレート本部 コーポレートコミュニケーション/小梅町役場 総務課渉外戦略係 地域活性化起業人
2001年にアスクルへ入社後、海外調達や商品部門などを経て、ミラノオフィスを立ち上げ。海外デザイナーとのネットワーク構築や海外市場の調査などに従事した。2011年より中国・上海にて、現地でのサプライヤー連携・運営体制づくりを推進した。2013年に帰任後は、商品にかかわる事業全体を牽引した。2025年より長野県南佐久郡小海町に地域活性化起業人として着任し、企業と地域が連携した持続可能なまちづくりに取り組んでいる。

星と緑に囲まれた町で

長野県南佐久郡に位置する小海町は、八ヶ岳連峰を望む高原の町であり国内有数の星空観測地として知られ、町の約80%を森林が占める自然豊かな町です。しかしその一方で、商店街の空き店舗や空き家、荒廃農地の増加といった課題を抱えています。人口減少は日本各地に共通する問題ですが、解決は容易ではありません。

高瀬さん「小海町は、自然が本当に豊かで魅力的な町なんです。でも同時に、空き店舗や農地の荒廃といった“もったいない”現状もあります。だからこそ、地域の人と一緒に新しい挑戦ができるのではと思ったんです。」

こうした状況の中で、アスクルから「地域活性化起業人」第1号として小海町に派遣されたのが高瀬さんです。地域活性化起業人制度は、都市部の企業人材が一定期間地域に入り、知識や経験を活かして課題解決や地域価値づくりに挑む総務省の制度。地域と企業をつなぐ仕組みとして注目されています。

グローバルな経験を地域へ

高瀬さんは38歳でアスクルに転職。商品部で経験を積み、執行役員や事業本部長を歴任しました。さらに、イタリア・ミラノでの事務所立ち上げや中国・上海での4年に渡る駐在など、国内外で幅広いキャリアを築いてきました。

高瀬さん「異文化の中では、考え方も価値観も大きく違います。そんな中で一番大事なのは、相手の声をよく聞き、信頼関係を築くことでした。この経験は、地域で活動する今にもつながっています。」

転機となったのは、60歳を見据えた「キャリア棚卸研修」でした。自身の歩みを振り返る中で、多様なネットワークや、未知の課題に取り組んできたビジネス経験が自らの資産であることを再認識。その後、異業種のシニア人材が集まる「REVIVE」に参加しました。

社会課題に挑む「REVIVE」

REVIVEは、多様な企業から参加した成熟層がチームを組み、社会課題に挑む異業種混合プロジェクトです。高瀬さんが参加した2024年のテーマは、小海町が抱える「空き家問題」と「荒廃農地問題」。約3カ月にわたり、現地調査やワークを通じて解決策を探る取り組みでした。

高瀬さん「REVIVEはとても刺激的な場でした。異業種の人たちと一緒に議論すると、自分の当たり前が通じないことも多い。でもだからこそ『そんな見方があるのか』と気づかされる。私は荒廃農地チームに所属しましたが、農業経験のある人、金融畑で培った分析力を持つ人など多様なメンバーと組み、知恵を出し合いました。」

現地でのフィールドワークでは、地域の農家や自治体職員に直接ヒアリングを行いました。農地が荒れる背景には、担い手不足や高齢化だけでなく、土地の権利関係や流通の問題など複雑な事情があることを実感したといいます。

高瀬さん「机上の議論だけでは見えない現実がたくさんあるんです。実際に畑に足を運び、地元の人と話すことで、初めて本質が見えてくる。地域の人に信頼して話してもらうには、こちらも真剣さを示さないといけません。私は積極的に声をかけ、何度も足を運ぶことで、少しずつ信頼を築けたと思います。」

こうした真摯な姿勢が町長をはじめとした小海町役場の人たちの目に留まり、「ぜひ地域活性化起業人として小海町に来てほしい」という要請につながりました。REVIVEでの取り組みは単なる研修にとどまらず、現実のアクションへと結びついたのです。

空き家と農地の再生に挑む

高瀬さん「2024年7月から小海町に活動拠点を移し、まずは空き家対策に着手しました。所有者に一軒ずつ連絡を取り、聞き取り調査で現状や意向を確認。県の宅建業協会とも連携しながら利活用の方法を提案したり、セミナーの開催を企画しています。さらに、町おこし協力隊と連携して、空き店舗を使ったエディブルフラワーの栽培も手掛け、花が咲き出荷ができるようになりました。

高瀬さん「すべてが学び直しの連続ですが、着実に進展していますし、どれも地道な作業ばかりですが、積み重ねていくことが大切です。実際、地方には深刻な人手不足がありますし、行政と民間のギャップに驚くことも日々あります。町おこしを一緒にできるような覚悟を持った人が『住みたい』と感じる街にするにはどうするのか。自治体、地域住民、そして私のような民間出身者、それぞれの考えや経験を持ち寄って『こういうやり方もある』と意見を交わすことで、新しい道が開けると思います。」

現地に根差した活動は始まったばかりですが、その高いコミュニケーション力と足を運び手を動かす突破力に、小海町の人たちから「もう何年も前からいるみたい」と言われるほど、すでに地域に馴染んでいるそうです。

高瀬さん「将来的には、空き家と農地の両方を組み合わせて再生ができたらと考えています。小海町や行政の現状課題を踏まえて考える必要がありますが、今後アスクルでの新しい課題解決型のビジネスや町の資源を活用した商品づくりにもつながるかもしれません。」

キャリアを重ねて見えてきたもの

今、新しいステージに踏み出した高瀬さんに、改めてご自身の20代から60代までのキャリアを振り返ってもらいました。その歩みはユニークで、多くの挑戦と学びに満ちています。

高瀬さん「20代は大学を休学して4年間、バックパッカーとして世界を旅しました。60カ国以上を回り、アジアや中東、南米など多様な地域で暮らしました。現地の人に頼んで宿を探したり、道を教えてもらったり、人の温かさに助けられる経験ばかりでした。自由に挑戦できた時代で、そこで得たのは“人に頼る力”と“異文化を受け入れる柔軟さ”です。就職したのも27歳ととても遅かったので、20代は自由と多様性を謳歌した時代と言えます。」

「30代は挑戦の連続でした。前職ではロサンゼルスの事務所立ち上げを一人で任され、ゼロからのスタートも経験しました。文化も仕事の進め方も異なる中で、ひとつひとつ信頼を積み上げていったのは貴重な経験でした。30代後半にアスクルに転職し、オフィス用品通販のマーチャンダイザーとして新しいキャリアを始めました。eコマースというスピード感ある環境に身を置き、視野が広がりました。」

「40代はミラノと上海での駐在です。ミラノではデザインの拠点立ち上げ、上海では4年以上にわたり事業の基盤づくりに取り組みました。上海は特に大変で、多民族・多文化の都市で価値観も言語もバラバラ。どう現地の人たちと信頼を築くかが最大の課題で、苦難の連続だったと言えるかもしれません。稲盛和夫や松下幸之助など、人間力が高いとされる経営者の著作に加え、孟子や孔子といった中国古典にも触れることで、仕事とは何か、物事の本質を見極める重要性を認識し、人間力を高める努力を続けました。その学びを背景に、改めて関係づくりに取り組んだのです。現地スタッフ一人ひとりと時間をとって話し、注意深く仕事や動作を見ていると、その人の良さが見えてきます。人としての上下を作らず、自分が社内を動き回って観察し、掃除にくる方から社員にまで声をかけて関係を作る、という姿勢は国内に戻ってからも大事にしている当時の学びです。」

「50代は責任ある立場での経営経験が中心でした。大きな取引やプロジェクトを任され、成果を出すために全力を注ぎました。意思決定の重みを実感し、自分の判断が組織や社員に直結する責任を強く意識した年代でした。」

「そして60代。これまで培った経験を地域や社会に還元する時期です。キャリア棚卸研修をきっかけに、自分の持っている資産を改めて見直しました。地域に飛び込み、課題解決に挑戦することは、まさにその集大成だと感じています。」
「若い世代にとっても、自分の強みや志向を知ることは重要です。20代・30代なら、自分の資産になるスキルをどう伸ばすか。40代・50代ならそれをどう活用するか。年齢に関わらずキャリアプランを更新することは意義があります」

学生時代の自由な放浪から、海外駐在での困難、責任ある立場での成果追求――それぞれの経験が今の活動を支えています。人との信頼関係を築く力、異文化を理解する柔軟さ、挑戦を楽しむ姿勢。それらが小海町での取り組みの基盤になっています。

未来への展望

高瀬さん「小海町は空気も水も野菜も本当においしい。ここで暮らしていると、100年生きられる気がします(笑)。課題はたくさんありますが、まずは町に馴染み、仲間を増やすことが第一歩。人と人とのつながりを大切にしながら、これからもワクワク感を持って挑戦を続けたいです。」
「土に触れ、大地に根ざす暮らしの中でこそ、人は本来の力を取り戻し、100年を生き抜く確かな基盤を築けるのだと実感しています。その歩みが、この町の未来を耕し、次の世代への豊かな種まきにつながることを願っています」

民間企業で培った経験と地域の知恵が交わることで、社会課題に新たな解決策が生まれる。高瀬さんの挑戦は、地域創生の未来を切り拓くヒントを示しています。

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