「日本一海ごみが流れ着く島」と言われている、長崎県対馬市。美しい島の海岸を埋め尽くす海ごみの山が近年、問題となっていることをご存知でしょうか?
この現状を変えようと、対馬市の行政やさまざまな団体、市民が一丸となって、あらゆる取り組みをしています。
そのなかでも今回は、対馬市の現状に心を痛めて会社を辞めて移住し、対馬市役所職員に転身した久保伯人さんにインタビュー。久保さんが立ち上げた、海ごみ問題とアートを融合させたプロジェクト「Ocean Good Art」について伺いました。久保さんの生き方を変えるほどの対馬市の現状とは、どんなものなのでしょうか。
他人事だった対馬の海ごみ問題。海岸での体験から自分事に
ーー久保さんは、対馬市に移住する前は、シダックス株式会社で情報システムやデジタルマーケティングなどを担当されていたそうですね。もともと環境問題には、関心を持たれていたのでしょうか?
久保:いえ、それが最初は、ほとんど関心がありませんでした(笑)。シダックスの社員だった時に、シダックスと明治大学、対馬市の共同でドライバー不足を解消するために、自動運転の実証実験を行うプロジェクトがあったんです。
社内でメンバー募集をしていたので、初めて対馬について調べたら、とても多くの社会課題がある場所だということがわかって驚きました。

ーー久保さんが驚いた対馬市が抱える課題とは、どのようなものだったのでしょう。
久保:ドライバー不足もそうですが、地方にとっては人口の減少、特に労働人口の減少が大きな問題だと知りました。
さらに、その人口減少によってシカやイノシシなどの野生動物が増え、植物が食べ尽くされて土壌が弱くなり、海に流れ出た土砂が魚の養殖場を襲って魚の大量斃死(へいし)につながって経済にも影響が出ていることがわかりました。
加えて、海洋プラスチックごみや磯焼けという海の砂漠化の問題などもあり、人間の営みの変化が原因で島の生態系のバランスが崩れている状況です。
そうした課題を少しでもデジタルの力で変えられないかと思って、そのプロジェクトに応募して、出向する形で対馬市に住み始めました。
ーー実際に対馬市に行ってみて、感じたことはありましたか?
久保:初めて参加した海岸清掃で訪れた対馬の東にある赤島の海岸は、足の踏み場がないくらい大量のごみであふれていました。それを見た瞬間に、これはどうにかしなくてはいけない、と強く思いました。その時、自動運転のプロジェクトとは別に、海洋ごみの問題を解決できるようなプロジェクトを立ち上げようと決めたんです。

赤島の海岸に積み上がったごみの山
ーーそれで、出向期間が終わっても対馬市にとどまろうと思われたんですね。
久保:はい。任期の最終年度である2023年から、自分で海洋ごみ問題のプロジェクトを立ち上げたので、まだまだこれからという状況で、対馬に対してまだなにも貢献できていないし、このまま東京に帰るのは無責任だな、という思いがありました。
そこで、会社を辞めて対馬市に残ることにしました。対馬市が総務省の地域プロジェクトマネージャー制度を活用して、Ocean Good Artのプロジェクトマネジメント職を募集してくれたので、私がそれに応募をする形で、引き続き事業を担当できることになったんです。
ーーかなり思い切った決断だったと思います。背中を押したものは、何だったのでしょうか。
久保:やはり、対馬の問題が自分事になったからなんでしょうね。ごみ拾いをしに海岸を歩いた時に、地面がフカフカしたんですよ。「これは一体何だ?」と思ったら、発泡スチロールが米粒状に小さくなったものだったんです。
それが、海岸一面に敷き詰められていたわけです。その時の足の感触をずっと忘れられなくて。そういう経験を通して、これまで他人事だった海洋ごみ問題が自分事になり、どうにかしたいという思いが強くなっていきました。
プラスチックが細かく砕けてできた、マイクロプラスチック
「日本一海ごみが流れ着く島」の現状とは?
ーーそれだけ忘れられない出来事だったんですね。対馬市の海洋ごみ問題の現状について、教えてください。
久保:対馬は「日本一海ごみが流れ着く島」と言われていて、毎年およそ4万㎥、50mプールにすると12〜16個分ほどのごみが漂着しています。にもかかわらず、8千㎥しかごみが回収できていないという状況で、毎年7、8割のごみが海岸に残ってしまっているんです。
ーーなぜ大量の海洋ごみが対馬に流れ着くのでしょう?
久保:原因としては、対馬の地理的な影響があります。対馬は九州と朝鮮半島の間にあり、日本海の入り口に位置しているので、近隣諸国から対馬海流に乗って流れてくるごみを、南北に長い対馬が防波堤のような形で受け止めてしまっているんです。
特に冬場は大陸側から強い風が吹くので、そういう地理的な特性や気候、海流などが複雑に絡み合って、大量のごみが流れ着いている状況です。
※転載:Ocean Good Art「数字で見る対馬市の漂着ごみ」
ーーなかでも、一番処理に困るごみはなんですか?
久保:発泡スチロールですね。養殖場で浮きとして使われているものなのですが、これが波や紫外線で砕けてマイクロプラスチック化すると、米粒のように細かくなってしまうんです。
そこまで細かくなると、回収することが難しくなるので、そうなる前に回収しないといけない点がとても厄介です。
ーーそれがいずれ、久保さんが体験したフカフカの海岸になってしまうわけですね。行政の立場から、海洋ごみ問題に取り組むなかで、特に難しさを感じることはなんでしょうか。
久保:やはり、海洋ごみを拾えば拾うほど、お金がかかってしまうことですね。実際に回収や処理には、毎年およそ2億8千万円ものコストがかかっています。
海ごみ×アート×デジタルで啓発を目指す「Ocean Good Art」プロジェクト
ーー先ほど、ご自身で海洋ごみ問題のプロジェクトを立ち上げた、とおっしゃっていましたよね。どのような活動をされているのでしょうか?
久保:私が立ち上げたのは、海ごみアートによる漂着ごみ回収量向上プロジェクト「Ocean Good Art」です。
このプロジェクトには大きく分けて2つの取り組みがあって、1つ目が海洋ごみ問題の啓発活動です。対馬に漂着したごみを使ってアーティストにアート作品を作ってもらい、全国で展示をするという取り組みを行っています。
2025年には、日本国際博覧会(大阪・関西万博)の会場でも作品を展示しました。

しばたみなみの作品「連なり」
2つ目の取り組みが、漂着ごみの回収・処理費用の確保です。「ガバメントクラウドファンディング」という、ふるさと納税制度を通じて、クラウドファンディング型で寄付を募る仕組みで資金調達を試みています。
1年目は335万円、2年目は500万円、そして3年目となる今年は290万円ほど集まったので、3年間で合計1,000万円以上の寄付を集めることができました。
また、海洋ごみで作ったアート作品が売れたら、その利益も回収処理費用に充てたいと思っています。
ーー久保さんのなかで、最初から海洋ごみとアートが結びついていたのですか?
久保:海洋ごみに付加価値をつけられないかと考えた時に、アート作品にすることを思いついたんです。現在は集めたごみの10%をリサイクルして、それ以外は埋め立てや焼却処分をしているのですが、リサイクルに回してもほとんど売上にはなっていなかったので。
プロジェクトを計画していた当時、ブロックチェーン技術を活用したデジタルデータであるNFT(非代替性トークン)がブームだったこともあって、デジタル技術を活用したら付加価値がつけられるんじゃないかと思いました。
アート作品を購入した方に、このNFTの証明書をお渡しすれば、社会貢献が見える化できるとも思ったんです。
ーー先進的なアイデアだったと思いますし、海ごみ×アート×NFTと聞いて、否定的な反応もあったのではないですか?
久保:そうなんですよ。一部の市役所の職員からは、否定的な意見もありました。そもそも、ビットコインをはじめとした暗号資産は「よく分からない怪しいもの」「投機目的の危ないもの」というような認識が広がっていたので、NFTなどのWeb3の概念を理解してもらうのは大変でした。
ただ、市長がとても理解のある方で、「対馬の海ごみ問題をもっと世の中に広めて、支援の輪を大きくしたいんです」と話したら、納得してくださいました。
あくまでアートは広めるための手段であって、まずやるべきは広めることだから、と関係者を一人ひとり説得していきました。この問題は対馬市だけでは解決できないですし、日本だけでも解決できない。
とにかくまずは知ってもらって、国際的な取り組みにしていく必要があり、そのためには情報発信が一番大事だと思うんです。

ーー活動を進めるなかで、手応えを感じた瞬間はありましたか?
久保:大阪・関西万博で、対馬の海岸で拾った魚の形のルアーと廃材を使って、子どもたちにオブジェを作ってもらうワークショップを開催したんです。そうしたら、一瞬で予約が埋まるほど大きな反響がありました。
海洋ごみ問題をご存知ないご家族が多かったからこそ、ものや体験を通して発信すると伝わりやすい、ということを改めて実感しました。作ったオブジェは参加者に持って帰ってもらったので、家に帰ってから家族で海洋ごみの話をしてもらうことで、活動がつながっていくとうれしいですね
ロストルアーと廃材を活用したオブジェ
ーー今後、「Ocean Good Art」をどのように進化させていきたいですか?
久保:将来的には、「DAO(ダオ)」というコミュニティを作りたいと思っています。DAOは「Decentralized Autonomous Organization(分散型自律組織)」の略称で、ブロックチェーン技術を基に、参加者全員が意思決定権を持って運営される新しい組織形態のことです。
簡単に言えば、対馬市のファンクラブのようなイメージで、トークンやNFTを持っている人が参加できて、そのなかで民主的にプロジェクトを推進できるような仕組みを考えています。
ただ、いきなりDAOを立ち上げてもデジタルウォレットが必要となり、参加するにはハードルがあります。そこで、まずは対馬市のファンや企業が集まって、課題解決をするオンラインコミュニティの構築を検討中です。
自治体だけだとできないことでも、全国の支援者や企業の方々と連携すれば、できることがまだまだたくさんあると思うんです。
私たちの活動に興味を持っていただいた方は、気楽にご連絡いただきたいですね。日頃の活動はInstagramで情報発信しているので、フォローしていただけると嬉しいです。


